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白いキャンバス

脚本・演出:村松洸希
出演:桝井賢斗、大野瑞生、村上渉、柴田茉莉、下山真佑郎、宇多海音、永田祥子、飯嶋耕大、余語隼人、佐野祐介、松岡拓弥、鈴木康洋、三栗千鶴、佐瀬清隆、永橋洲、太田彩佳、村松洸希、萩原成哉

※感想が不親切、というかメモだから意味不明
※ネタばれ有り
※作品に抱いた違和感を考察する事が多いので、結果的に批判的な部分も有り

ダブルキャストの部分は観たのはA。

優秀な子どもたちが集められるおもちゃの研究所では人々を楽しませるおもちゃの研究が日々行われる。そこに1人の天才がやってくる。大人になってこの研究所にやってきた天才アルバートはここに来るまでの記憶がなかったが、ただ、研究所の飾られた絵画が記憶を呼び起こすような気がして気になっていた。

蛇足ですが、最初にこの舞台を観ようと思ったきっかけは、
・もっと色々舞台を観ようと思い始めてSNSを見ていた
・スターダスト・インフェルノで観た柴田さんの投稿で知って、内容も気になっていた
・ステージナタリーで紹介されているのをたまたま見かけた(私がSNSで見かける作品がこういうメディアに紹介されるのはほとんど見かけない)
https://natalie.mu/stage/news/294349
という理由で、もし、有名な団体さんで出演者さんも有名な方がいても全くわからない観劇初心者。
メモを書いたら調べてみようと思いますが、変な先入観無しで書いてみようというのが、今ここ。

正直、まだ咀嚼しきれず(もしかしたら咀嚼できることはないのかもしれないけれど)なので、思いついたことを羅列していくと、

前半は音楽だと思いました。ミュージカルとはまた違うけれど、音楽のイメージ。
テンポが良かったし、リズミカルなテンポや拍子をギャグシーンに使っていたというのも勿論あります。でも、それは要素で、そういう細かい要素にステージを分解して、再構成して、作品が1つの楽譜のようで、あ、キュビズムみたいですね。
絵画が1つの大きな要素としてあるのに音楽みたいとか言い出すなんてと思っていたのですが、音楽というよりキュビズム意識しているのかな?
私、キュビズム苦手でよくわからないので、それで咀嚼にもこんなに苦労しているんだろうか(苦笑)

でも、本当に最初はイッツスモールワールドのような世界で、小さな可愛らしい人形がクルクルと動いているようなイメージだった。コメディタッチの描写も多いし、そういう作風の団体さんなのだろうと最初は思っていました。私が普段見るのはもう少しリアル……と言うと語弊があるけれど、あんなに研究員たちのように平準化してないというか、もっと微妙なニュアンスが異なる個があるというか。なんだか演出に隅から隅まで管理されているような舞台というのが最初の印象でした。そういう舞台の作り方もあると思うからそんなものなのかなと思っていた。
でも、ひょいとそこから飛び出したのが最初はホールマンだった。確かに変な人だったし、動きも変で、そういう変人というキャラクター性を強めたから他の研究員たちと違うのかなと思ったけれど、外が見たい外が見たい、夢が恐い、忘れられない、理性では教わった人々が自分たちが作ったおもちゃで幸せに暮らしている、それを理解しているのに、よくわからない感覚が自分を揺さぶる。その感覚そのものに怯えている。
そうしてショーンに詰め寄ったシーンで、その後に殺されて舞台の向こう側に転がり落ちていくところで、「隅から隅まで管理された舞台」がそうじゃないと思い始める。なら、何で研究員たち(アリス、ウェルナー、ニールス)はこんな動きも反応も平準化されているんだろう。アルバートが花火が出来上がった時にアドルフに言わないでと言った時に彼らは最終的にはアルバートが一人占めしても仕方がないと言う。良い子過ぎる。本当なら一人くらい不満な人間がいて良いはずだ。本当に人形がくるくる回っているような楽園のような穏やかな悪意のない空間。
別に不快感があった訳じゃなくて、むしろ、アリスはずっとニコニコしていて可愛いし、ウェルナーとニールスがバカをやりながらアルバートすごいすごいと言っているのは微笑ましく見ていた。
ただ、自分から彼らの存在が遠くて彼らの反応に付いて行くには1拍の誤差があって、その誤差が気になっただけ。
そしたら、アルバートも同じく変わって、この研究所の本当の姿がわかって納得した。
アルバート役の桝井さん?見た目の良い方なので、主人公と言われて特に疑問はないのですが、役者さんには珍しく陰が薄いというのが第一印象だった。正直言うと、この舞台の主人公……誰?としばらく思っていた。演出や空気感からさすがに出てくればわかると思っていたんですが。
という状態で見始め、でも、シーンを経る毎に上乗せされていく感じ。最初は少年のように自分の才を使っておもちゃを作り出す、それ自体を楽しんでいて、周りに気を遣って気を配る好青年になっていって時々コミカルな動きをして(ホールマンにこのままだとまずいんでと話しかけるところは個人的にとても好き)最後には真実を知ったことと戦争を知らない他の研究員たちとの断絶に苦悩して、タイムマシンでまた0に戻る。ある意味最初からやり直すというのはアドルフと同じなんですけどね。
アドルフはわかりやすく怪しい良い人で、人の良い笑顔に裏があるぞとひたすら観客側には語りかけるような人だった。独占欲が強くて、絵に興味がないのに自分を誇示するために集めて、親にしても政府のお偉いさんにしても道を制限・コントロールする者たちへの怒りを持っている。
そんな自己分析が冷静にできるのに全てを0にしてやり直そうという。あ、そうか、研究所だけ、この箱庭だけじゃなくて、彼の留まらない独占欲は世界が欲しくなったのか。
とりあえ彼は彼なりのルールに従って生きているというのはわかるのですが、逆にキールとヘルマンという世界を知っていて、彼に付き従う2人は何を思っていたんだろう。世界の事を知っているということは、彼らは子どもの頃から集められた天才たちとは違う一般人。戦争も知っていて、研究所が何をしているのか知っていて、それでも、アドルフに従う。からかわれるのにもつかわれるヘルマンは、アドルフの作る世界が見てみたいと言っていた。それに尽きるんだろうか。ヘルマンは天才になれない自分をある意味受け入れていて、天才たちを怒鳴りつけながら自分とは違う存在として見ているような気がする。そんな後腐れないすっきりした印象が背後にあるイメージ。凡人でありながらアドルフという天才の光にあてられたのかもしれない。キールはまだどこかアドルフを怯えているところがあるような気がするけれど、最後までアドルフに従うし、アルバートにも研究を進める事を強調する。結局彼女の思考はよくわからないけれど、アドルフの世界をひっくり返す考え方には共感して、かつ、怯えてもどうすることも出来ないから従う道を思考停止して選んだのだろうか。
一番わからないのはショーンなのですが、最初のダンスシーンのところで、アドルフがショーンを操っているような表現があるので、ショーンはもはや個はなくてアドルフの操り人形なんだろうと思う。彼が個を持てばおそらく全部破綻するし。でも、徹底的に人々におもちゃを届ける運び人の「役割」に徹していたので、彼の人格を見てみたかったなとも思う。ホールマンが外を見たいと詰め寄った時もアルバートが詰め寄った時も機械のように同じ反応で、人間であることさえ疑う。

芸術家組は、パブロは、ピカソ(かピカソをイメージした人物。名前が長いからイメージかな)流れを見れば、アルバートとホールマンが恐れていたのはゲルニカか。
パブロは……これを書くと怒られそうな気がするけれど、第一印象は、普通の人に見えた。周りのホセやネルが彼を天才だ天才だと言う程、だから、彼は天才なのだと思おうとするほど、自分の中で違和感が増す。表情や立ち姿が変人と呼ぶにはきれいすぎて、まだアドルフがピカソだ天才だと言われた方があの突き抜け方なら納得できる。それに比べてのパブロの平凡さ。ただ、ローラにカメラで何を撮るんだと呼びかけ、粗雑にあしらわれている様子を見て納得した。これが彼だと思った。確かにずっと同じ姿勢をして奇行も見られるけど、やっぱり彼は凡人だ。ただ1つ、徹底的に凡人の能力を、感じたモノを絵として具現化するすことだけに集約した「ただの人」。
だから、彼が自分は天才でないと言う時も生まれついた能力の高さという意味では確かに天才ではないから納得できる。
そう言えばキールとヘルマンが天才は生得的なものか後から身につくものかと話していたけれど、研究所にいる彼らが生得的な天才なら、きっとパブロは後者の天才だと思う。
だから、兵士にならない、絵を描くというのも、きっとそれしか出来ないと彼は知っているからだと思う。
ローラは最初何も物語に関わる事を話さないし、なんでいるんだろうと思ったけれど、彼の妹で、彼の絵描きとは違う部分を理解し、そして、絵描きでしかない彼を理解している人としては、パブロという人を描くには不可欠な人だった。粗暴な振る舞いをしていたけれど、父親のことも含めて彼の本質に関わる部分では繊細な気配りをする女性だった。
ホセは動きが少ない芸術家組の中で緩衝材というかそれぞれの乏しいコミュニケーションを繋げる役割で、周りからの扱いがひどいんだけど、そこに懲りないのが憎めない(笑)でも、確かに彼がいないとたぶん会話成り立たないんですよね。
スタインはセリフよりも最初のダンスシーンというか、イメージで、パブロの良き友人としていた部分が印象に残っていて、出番が少なかったけれど、あれがあったからきっとパブロにはとても希少な大切な友人だったんだろうとわかる。だから、彼に臆病者と非難され、大好きな祖国スペインの国民じゃないと言われたことはどれだけ彼を傷つけただろうかと。戦争もきっと彼を苦しめただろうけど、身近なところで彼を苦しめ悲しめ絵を生み出させたのはスタインだった。彼が言うのは正論で、でも、歴史を学んでくれば今自分たちが動くしかないとわかるというセリフがずっと引っかかっていて、その道しかないと思い込んでいること、それしか見えないこと、不自由だなと。そして、それ以上に……なんと書けば良いのかわからないけれど。
芸術は悲しみと苦しみから生まれる。絵は真実ではない。唯一が意図がある絵、ゲルニカ。描きたいのではなく描かされた。
まだピースがうまくはまらないでいる(苦笑)
そんなしっちゃかめっちゃかに振り回すのが、ネル。芸術評論家であり、アルバートの前に現れたのは、パブロが描いた彼?
前説の時から口達者な方で、役もたぶん普通じゃないんだろうなあと思ったらストーリーテラーなところがあって、場所と時間を問わない存在でもあった。そんな彼の複数の視点から見ろや感覚が語りかけるままにそれしか道がないと思うものを見つけろと(セリフがうろ覚えのうろ覚え)彼の言うことはアルバートと共に見ているこちら側も混乱させる。ただ真実に一番近い存在なのだろうとは感じる。たぶんゲルニカの戦争の苦しみ・悲しみを思い出して欲しかったんだろう。彼はアルバートの無意識下の願望の代弁者だったのかな……タイムマシンに乗る前の絶望した彼の思いの代弁者。

苦しみ悲しみがなければ芸術も生まれない。研究所では戦争の記録は排除されて苦しみや悲しみはない。無知の力を使って兵器を生み出していく。
ここに芸術はない?悲しみ苦しみを感じたモノを表現する術がない。その術を理解できる人がいない。
例え記憶がなくても残る感じる心。そのトリガーを引く芸術。アルバートにとってはゲルニカはそういう存在だったのかな……
でも、絵が真実ではないというのは……、虚構とまで言っていたかな。台本売っていたら買ったのに(苦笑)書き手のフィルター(悲しみ苦しみ)を通したものということかな。

ただ無知な研究員たちは悲しみ苦しみが著しく欠落している。だから、こんなに良い子なのか。だから、ずれるのか。悲しみ苦しむところを素通りして行ってしまうから。アリスもウェルナーもニールスもシンプル過ぎるくらいシンプルで素直な思考を持っている。普段は良い子だけれど、戦争という定義・存在を知らないことで自分とは全く違う生き物になる。あれだけ可愛らしい笑顔がまるで機械に張り付けられたハリボテの仮面のように見える。ウェルナーの真っすぐ真っすぐな感情表現もニールスのちょっとドジでとぼけているけれど引きずらないところも、アリスの元気いっぱいの笑顔も、アルバートと観客を絶望させる。

彼らの発明品でたった1つ花火だけが会話が出来た。
花火。すでに物語が進んでいたから、その言葉がとても不穏なものに思える。彼は自分が生まれてはいけない存在だと知っていたけれど、でも、それ以外に彼には存在理由が無かったから、多くの人々の命を奪う花を咲かせることを選ぶ。彼は選択も思考する自由もなかった。ある意味、研究員たちと同じ。それは不幸なんだろうか。
彼の事を最初は可哀想だと思った。そんな理由で生まれさせられるなんて。でも、そう感じるのは私たちで、アルバートだけなのかもしれない。
研究員たちは今も笑っている。

ゲルニカをブロックと舞台上の役者で表現するあの演出はとても好きだった。あれだけでゲルニカとわかるんだなと。

舞台を一発で理解ができないことが多くて、この作品もまだ消化不良な部分が沢山ある。
書いた事もきっと大外れ的外れがたくさんあって、でも、正しい事がわからなくても、私はこう感じた、こう考えたと受け取ったものを打ち返すしかない。
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幸橋

Author:幸橋
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ボイスドラマ・ドラマCD作品の感想メイン(時々舞台など)

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※ネタばれ有り
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