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プロメテウスの贖罪


※感想が不親切、というかメモだから意味不明
※ネタばれ有り
※作品に抱いた違和感を考察する事が多いので、結果的に批判的な部分も有り

***
文章自体は2017年に書いたものです。



もう少しだけ詳しく書こう。
そう思ってメモまで書き出したのですが、それをまとめようとすると難しくて、今、恐る恐る書き始めました。感情が薄れない内に書かないと、そんな時間の経過に追い立てられながら言えるところから書いている、そんな感じです。

最初に、私はこの作品を観てなぜこんなにも苦しいのかと疑問に思いました。もしかしたら、それは、涼成に対する思いと近いのかもしれないと思いました。
劇中で春馬が涼成を普通だ、普通だと言っていましたが、彼が言わなくても涼成は平凡だと感じていました(ひどい)言っている事も普通というか、ありきたりで、このセリフこそが彼であると、この物語の主人公たるゆえんだと、そう言えるものが無いんです。
けれど、彼の発言を耳を澄まして、一言も聞き洩らさないようにと体を強張らせて緊張している自分がいるんです。特別なこと、含蓄のあること、そんなことを彼が言うことなんて期待出来ないのに、私は彼の言葉に耳を澄ます。
そんな自分に気づいた時、とても意外でした。
私もありていに言ってしまえ、きっとそれは共感だったと思います。
彼の虚しさ、コンプレックス、頑張っても誰の何者にもなれない、優しい周囲の人々への罪悪感、そういうものをかぎつけて、私は彼に共感し、そして、1つ1つのシーンで、彼がどのような答えを出すのか、どのように感じて、その思いを、誰にどんな風に伝えるのか、それを知りたいと思って観ていたんだと思います。
そして、多くの登場人物に対しても少なからず同じ思いがあったと思います。
共感というやつです。
普段の私は共感が少ない人間です。共感する才能がないというよりも、共感する努力をしない、したくないと思う人間なのです。だから、凄く「共感」という言葉は私には異質で、居心地が悪いです。居心地が悪いって、そういえば、美影も春馬に言っていましたね(苦笑)
だから、あまりにも共感の対象が多くて、だから、私はこの作品全体を居心地悪くも息をつめて観ていました。
だけど、一体どこが苦しくて悲しくて、なぜ、泣きたいのに泣けないのか、なぜ観劇後の帰り道で膝が笑って立っていることすらしんどくなってしまったのか、それが観劇直後にはよくわかりませんでした。

私は演劇に関しては素人です。演じたこともなければ、特別な技能をもってスタッフとして活動した事もないし、特別に演劇を沢山観ている訳でもない。
だから、上手い下手について言及する事が出来ません。
だから、私はこの「共感」の出所を書こうと思いました。
もしかしたら、ちょっとした自分語りをしてとても痛い奴になってしまいそうで恐いのですが(苦笑)

理路整然とした文章はきっと不可能なので、思ったままにごちゃごちゃに書くと思います。

最初に涼成が自分のことを話していました。優秀な兄がいて、彼のようになれ、彼のようになりたいと思ってもなれなくて、主役になれる人と、脇役にしかなれない人間がいると話しました。そこではまだ何かかっこつけた事を言っているな(ひどい2回目)なんて思っていて、でも、彼のコンプレックスから目を離せなくて、すこしシーンとしては跳びますが、自分がいてもいなくても何も変わらないと思って学校に行かなくなったと言いました。
「もうだめだった」
そこで、私は彼が突然自分の隣に来たように感じたんです。それがたぶん共感というやつです。
少し不思議な話ですが、私も3兄弟です。兄が2人いて、私は末っ子のたった1人の女の子(女の子なんて年齢ではもうありませんが)なので、言ってしまえば、穂乃香の位置にいる人間で、彼に共感するというのは不思議な話ですが、私と2番目の兄は双子なので、万能な兄へのコンプレックスという意味ではやはり涼成と近いのかもしれません。
忘れないうちに書いてしまうと、この双子という自分のパーソナリティはやはり美影への共感も生んではいるのですが。
コンプレックスを感じたくないから関わって欲しくない自分1人でいたい、そう思うのに一緒に海に行ってしまう。物に釣られたからではありますが、それでも家族を捨てさる事は彼には出来なかったんだと思います。そんな人の良さというのか、勝手な寂しがり屋な部分まで自分と似ていて、家族旅行を断れない事、賑やかな家族を遠目に付いて行けないと思いながらも、きっと今の自分は普段よりも優しい目をしているとどこかでわかっているところ、けれど、自分はあの輪の中には入れないと冷めているところ、そんなところがきっとどうしようもなく自分に似ていました。
平凡な人間だなんて百も承知の上で、だけど、小さなプライドだけはあって、そんな見栄で周りを傷つけているとわかっている。けれど、子どもで、周りの優しさに許されている事をわかっていると思っているけれど、実はそんなに気づいていなくて、気づいた時には色んなものが手遅れになってしまっている。それが、きっと、涼成には春馬の失踪だったんだと思います。
「死ね」ってひどい言葉ですよね。どんなにふざけても、どんなにキレても、他人に「死ね」だけは言わないという自分ルールを中学生から自分に課していますが、これもまた奇しくもその当時の涼成と年齢が近いですね。それを家族である春馬に言ってしまう、穂乃香が怒るのもわかります。けれど、涼成を責められない、そして、その後、何かの度に穂乃香が涼成のせいだ、あんなひどい事を言うからだと言い立てる程、自分が責められているような気すらするんです。
ひどい事を言ったとすぐにわかったのに、なぜ謝らなかったのか。一言ごめん、それだけで良いのに。なんて言われなくてもわかってる、けれど、その一言を言うのがどれだけしんどいかお前にわかってたまるか……
ほら、やっぱり自分語りになる(苦笑)
書いていて思うのは、彼に対しては具体的にこの部分が良かった共感したなんて言えないという事です。作品の全てを通して、少しずつ、「涼成」のピースを落としていって、最後に彼という人間が浮かび上がってくる。
ここだけ頑張れば良いという訳では無くて、常に涼成でいる事が求められる。点ではなく、線であって面である。
だから彼の事を書こうとすると難しいんだなと思います。
 本当に今思うと、という話にはなりますが、突然現れた春馬に怒るところも、日菜子や穂乃香をかばうところも、他の細かいところも、一貫して彼だったなと思います。彼が彼である事に違和感を覚えなかった。
 春馬達に占拠された異常で緊張状態の中でも、涼成は涼成で、普通の言葉で、普通の反応で、でも、それは彼の良心の言葉だったと思います。
 彼には共感があると散々書きましたが、日菜子に見つけてくれておはようと言ってくれたから好きになった、それだけだと言う彼にはもうコンプレックスと負い目は無くて穏やかで、妊娠した穂乃香を自然に支えて、マフラーをかけてやるところも、春馬にまっすぐ謝るところも、いつもは春馬と穂乃香が言っていたたった3人の兄弟だろというセリフを言ったのも、抱きしめたのも、涼成のままであるはずなのに、変わっていて、隣にいたはずの彼が向こう側に行ってしまい、そこで、断絶が生まれました。彼に感じていた思いが自分に跳ね返って来たのが、彼の置き土産だったなと思います。
大学で勉強して何かしたいと言う彼への思いが跳ね返って来て、はっとして自分の足元を見るとぽっかり穴があいているように感じる。彼の存在は傍観者である自分を暗に非難してくる存在でもありました。

これをここで書くのが正しいのかはわかりませんが、今思ったので書いてしまいます。忘れない内に書いてしまわないと自分は残念な記憶力しかないので。
私は流久里さん主催の団体にいた事があり、流久里さんの演出や稽古の様子を見た事があります。流久里さんの求めるものに答える役者さんと最後まで答えられない役者さんがいます。思いが弱いのか、思いを向ける方向を間違えているのか、取りあえず、答えられない役者さんには齟齬が生まれている事が、素人の私でも傍目から見ていてぼんやりわかるんです。
勿論、その役者さんもしんどい思いをしていると感じるのですが、どこかで逃げと言い訳も感じるんです。だけど、答えている役者さんは、ただ上手いだけではなくて、その逃げと言い訳も感じないくらいベクトルが自分の役と流久里さんに向かっていて、恐いくらいだったのを覚えています。その真剣さが恐いというのもありましたが、この稽古以外のところでどれほど悩んで苦しみぬいて今ここに立っているんだろうと思って恐かったんです。
同じ恐さをプロメテウスの贖罪の多くのシーンで、もちろん涼成もそれ以外の人物も感じました。
私は裏側なんて知らないただの客です。だけど、しんどい現場だったとどこかで見かけた時、当然だと思いました。だって、すごく恐かったから。

話がずれたので、戻すと、恐かった中の1人が穂乃香でした。可愛い役なのに、私はずっと彼女なのか演じている平出さんなのかが恐かったんです。
最初のハイテンションで純粋にバカなことをしていて、愛される事が当然で、愛す事が当然の女の子(春馬に死んだ役をさせる時の「死んで」がストレート過ぎて笑ったのは内緒です)春馬も涼成もお兄ちゃん2人が大好きで。
それだけの女の子でした。
どこかでも書きましたが、私は妹タイプのテンションの高い女の子が苦手です。キンキンとした声が上滑りして地面から離れたどこかを飛んでいる。あなたのキャラクターはここにあるのに何でそんなところにいるの? そんな風に感じる事が多いんです。
けれど、穂乃香は地面に立つ私の目の前にいました。目の前にいて、くるくる表情を変えて、笑って、怒って、泣いていました。最初の海に行こう!と騒いでいたのも、愛美の贖罪読んだよ!と言っていたのも、クリスマスでショールを落としたり、巻いた入りしている動きもなんだかテンポが良くて軽やでどこかに飛び立ってしまいそうだとすら感じるのに、そこに立っているんです。目の前に。
ああ、きっと彼女の中には穂乃香という少女の芯がある。だから、何をしても糸が切れた凧のように意味不明な変な方向へ飛んでいかないんだとどこかで感じていました。
だから、穂乃香には苦手意識が最初からなかったのかなと思います。
正直、穂乃香の台詞は具体的にあんまり覚えてないのです。きっと涼成側に立っていた私は、涼兄のせいだ、春兄に謝ってという言葉がぐるぐるしていたんだと思います。事実、恐慌にいて、思考をやめた彼女は、壊れたようにそればかりを言っていたと思いますが、同じことばかり馬鹿みたいに繰り返し繰り返し言うな!! なんて一度も思わなかったんです。不思議ですね。彼女の悲鳴だって何度も聴いたのに煩い!!なんて思わないんです。
きっと同じじゃなかったんですね。確かに傍目から見れば同じ事の繰り返しでも彼女にとってはその時、その一瞬で思ったリアルで生々しい感情の発露だったんだと思います。
囚われている事にこそ、人は無意識に繰り返して言及する。気にしていないと言いながら。彼女にとっては恐怖と、優しい兄に戻って来てほしいという思いが心を支配していたんだと思います。
 彼女の言葉はナイフほどには綺麗には洗練されてないので、刺されるというよりも、つららのようなもので穴をあけられるようで、痛いというよりも衝撃で息が詰まって、声が出なくなるそんな感じでした。お兄ちゃんぶってなにもしてくれない……なんて一言は、涼成のプライドも罪悪感も言い訳もまとめてぶち抜いて、それだけで殺せそうです。
 バカバカしく苦しむ演技をしてからのつわりの苦しみに変わる瞬間が好きです。口に手をあてるその瞬間、「異常」がさっと広がる、アラートを知らせる赤色が見えるようで。空気が変わるというのはああいうことを言うんだろうなと思います。
 最後は優しい女性になりましたね。勇司の事が結構好きだよと最初と最後で言っていましたが、最初の好かれようとか恋に恋しているような必死さがなくなって、寄りかかる事なく自立して純粋に勇司へ愛情を持っているように感じます。

この順番になると春馬のことを書かなくてはいけなくなるのですが、実は彼の事は未だによくわからない部分が多くて、的外れな事を言わないかなと心配に思っています。
最初に全ての登場人物が出てきたとき、近かったからというのもありますが、一番先に目についたのは彼でした。
なぜかなと今も思っていたんですが、彼が動かなかったからじゃないのかなと思いました。動かなかったからとどういう人かわからないかったから。ただ、蹲っているだけ。他の人は苦しんでいるのに、彼はどこか虚空なのか闇なのかに視線を向けて、何も見ていない。祈っているような姿勢なのに、空っぽである事の方が私は彼に引かれた理由だと思います。
 何もない場所ほど目を凝らして見てしまう。そこにわずかでも何かを見つけたくて。それが私にとっての春馬だったのかもしれません。なので、穂乃香とハイテンションで突入してきた時、同じ服装なのに一瞬同一人物だと思えず、固まったのは今も覚えています。他にも黒っぽい服はいたからもしかしてその人、いや、メガネかけて茶髪で、そんな人他にはいなかったと。
涼成の不登校を心配して、勉強しろ、身を助けるから、言いたい事は言っておかないと後悔する、そんな風に兄を、「演じている」彼のぎこちなさを感じていました。
ただ、家族ごっこと涼成が言った時、なんだか違うと思ったのが正直なところです。
家族ごっこ
その言葉で思い出したのは、1ヶ月だけ所属していた新興宗教団体の派生グループでした。ひょんなことからとしか言いようがなく、その宗教と関係があると全く知らない状態で入りました。そこにいる人たちはとてもいい人で総じて優しくて相手を思いやる気持ちに溢れていて、そして、いつも笑顔でした。ただ、その笑顔がいつの間にか恐くなりました。皆が皆同じ笑顔なんです。別々の人間なのに、笑顔が全く同じで、私もこんな風に笑うようになるのかと思ったら、不気味さが勝ってしまいました。彼らの笑顔にぎこちなさなんて微塵もなかった。本気で家族だった。だから、「家族ごっこ」なんて正しい表現ではないでしょう。だけど、その言葉に彼らを思い出してしまいました。そして、彼らと春馬の違いが同時に、「家族ごっこ」という言葉と春馬との間にある差や齟齬みたいなものに繋がりました。
 だから、春馬は謎でしたが、とりあえず、私の中で確信に近かったのは、彼は「家族ごっこ」をしていない、それだけでした。最初の優しい兄、別れる時の冷たい感じ、5年後の襲撃時の冷徹さ、北崎に会った時の狂気、尾瀬への必死の問いかけ・戸惑い、美影へのはにかんだ等身大の男性の姿、最後の呆然とした様子、抱きしめられて泣く姿、彼には色んな姿があって、どれが本当の彼なのかと未だにわかりません。いずれもが彼であったとは思いますが。
ただ、思うのは、彼にはホームが無かったのではないでしょうか。帰るべきところ。
親からは半ば捨てられるように養子に出され、養父母もすぐに死んでしまい、血のつながってない親類の愛美が親代わりになってちぐはぐな家族で、優しい空気の中で、ただ自分だけが違う存在で。帰る場所が無いから、その場にいられるようにその場その場で適切な存在を演じる。それを察することも、それを演じる事も出来るくらいに彼は悲しい程に優秀だったから。
だけど、冷たい彼はなんだか彼ではない感じがするのです。冷徹で相手を見下してバカにして、それが自分だときっと彼自身も思っていたと思いますが、そんな時の彼は、なんだか宙に浮いているようで、なんだか違う、それだけは感じていました。
美影へのはにかみ、言葉の端々で優しさや笑みを浮かべる彼も確かにしっくりは来たのですが、一番彼だと思ったのは呆然と海を眺める彼。やはり一番最初の虚空を見つめる彼と同じく、どこかを見ているようでどこも見ていない彼でした。
何もないところには目を凝らしてしまう、僅かでも何かがないか探してしまう。
たった3人の兄弟、その声は最初とは全く違って力が無くて、心ここにあらずで。
私の席からは抱きしめ合う兄弟の春馬の顔は全く見えなかったんです。だけど、持ち上がった腕に、何もない場所に何かが沸き上がるのが見えた。

順番としては日菜子か圭か愛美かなとも思ったのですが、なんとなく書いている内の気分から美影に。
美影はずっと不機嫌そうな顔で、キャラが見えず、ひどい言い方をすれば、脇役、単色に塗りつぶされた二次元、厚みと温度が感じられない、という印象が前半でした。
変わったのは、彼女の過去が現れた時です。栗栖はあきらと呼んでいましたが、彼女は本当は美影という女性で、彼女は本当は双子の兄あきらがいて、けれど、美影の代わりにプロメテウスの餌になった、美影が死ぬはずだったのに、それを助けて。
天使のような男の子。
そんな言葉が浮かびます。純粋で優しくて、本当は臆病で汚くてひねくれた自分ではなく、彼が生きるべきだった。同じ時に生まれて、同じ時間を生きて、同じ環境に身をおいて、なんでこんなにも違うのだろうか。
先に私も双子だと書きました。彼は生きていますが、彼の優しさに対するコンプレックスはきっと美影への共感でした。家族を亡くした事があります。その時の私は海外にいて、葬式にすら出なかった。けれど、彼は学校を休んでずっと危篤状態の家族について手を握っていたと帰って聞いた私がどれだけうちのめされたか。
なんで、こんなにも違うんだと思いました。恥ずかしいような悲しいような諦めのような後悔のような、そんな気持ちがすりつぶされて、圧縮された気持ちはただひたすらな劣等感。
美影はそこに罪悪感もプラスされていたのかなと思うと、自分の事を僕と言って、あきらと呼ばせる気持ちもわかります。美影という存在を消したいんですよね。惨めな恐怖におびえた女の子を消し去りたいんですよね。そして、天使のような優しい男の子を残したいんですよね。それが叶わないとわかっているのに、なんてわかったように書いていますが、ただ、彼女が私にはそう見えたという事です。
正直、彼女の春馬の気持ちはどうだったのかよくわからないんです。自分を助けてくれた神様、だから、愛したのか、ただ、それだけではなかったように思います。美影の中には男性としての春馬がいたと思うんです。美影が春馬に救われたのは本当は命じゃなかったんじゃないか、本当はすりつぶされて粉々に圧縮されて、もとの形が何か、もとの色が何かわからなくなってしまった美影という女の子を見出してくれた事、その事に救われたと感じたのではないか、そんな風に思うんです。春馬は春馬で自分ではなく、求められた自分を演じる人だったから、自分を塗りつぶしている美影に自分と似たところを見ていたのかもしれませんね。
なぜ美影の色が青だったのかなって、海を連想したのかなって、思ったんですが、実は、最後に美影が渡って行った海も、春馬たち兄弟が見た海も、私の中ではうす曇りの灰色の空の海が見えているんです。だから、美影が青というのが実はしっくり来なくて。
ただ、真っ暗な部屋に曇りの日に差し込む光って薄い青に見えるんですよね。私にはそういうイメージなんです。強烈な光ではないけど、真っ暗な闇にさした光はたぶん冬の海のような淡い青だったと。
その海を渡っていく美影は、すりつぶされていなくなった女の子ではなくなっていて、死んだのに再生を感じるのは、春馬によってまた生み出された美影だからなのかなとも感じるのです。

では、この流れで、栗栖に。
彼も始めの印象としては、美影と同じです。塗りつぶされた彼と言う人間性。
けれど、美影よりも興味を持ったのは彼の方が早かったです。理由は単純で申し訳ないのですが、彼が穂乃香の黄色のリボンを見つけたから、その色が嫌いだったから。それだけです。そして、それが彼への私の共感です。単純に色として嫌いなのではなく、黄色に自身の弱さを重ねて嫌いなところがです。ブログで書いた中に、菜の花は私に縁のある花だと書きました。誤解を恐れなければ、菜の花はイコール自分でした。思春期の私は訳も分からず黄色が嫌いでした。油絵を描く人間だったのに、特定の色が嫌いだと言うのです。その色に菜の花を重ね、菜の花に嫌いな自分を重ねる、だから、黄色が嫌いなんだと理解したのはだいぶ経ってからです。栗栖も黄色それ自体ではなく、黄色い建物フェンネル、そこでの日々を思い出して、黄色が嫌いだった。
彼の発言も、行動も極端でした。私は思春期の自分が意味も分からず黄色が嫌いだったと書きましたが、彼の言動は大人のそれではなく、子どもでした。彼はきっと大人の姿をした子供だったんだと思います。穂乃香を貰って良いかと言ったのも、本当は単純な好意でしかなくて、深い意味はないけれど、それを適切に伝える方法を知らなくて、教えられてもいなかった。
苦しいと演技をする彼女を殺そうとしたのは、本当のところはわかりません。けれど、それが彼にとっての慈悲だったのかなとも思います。彼は明日をも知れない状態で生きて来ました。明日には自分にも死神のような職員がやってきて、プロメテウスへの餌にされるかもしれない、そんな恐怖の中で生きる。きっとこんなことならいっそ楽にしてくれと思ったこともあるでしょう。ならば、苦しむ相手を楽に殺してあげるのは彼の優しさだったのかもしれません。
尾瀬に彼が撃たれた時、これはもしかしたら私の希望の見せる錯覚なのかもしれないのですが、栗栖が動いた気がしたんです。後ろにいる穂乃香をかばうように。
女一人守れない奴なんて死んでしまえ、勇司に言った言葉は自分に言った言葉でもあったのかもしれないと思うんです。
大丈夫ですかと近づく穂乃香に伸ばした手は本当は彼女を掴むために伸ばしたはずなのに、それともそのお腹にいる子供なのか、でも、その手で彼女を突き放す。本当に不器用だと思いますが、誰かを思い、行動した。なぜ自分は生まれてきたのか、100万その程度のお金でいったい何が出来るというのか、人の命の代償としてあまりにも安すぎるお金で売られて、愛されていないと思っていた彼が、誰かを思うこの一瞬が尊いと思う。

北崎と南原はやはりセットで考えてしまうんです。
彼らだけがずっと過去を生きている。それに気づいたのは、かなり遅くて、北崎が春馬に出会った時に、自分の息子が中学生で、涼成と同じだという話をした時。
北崎はなんだかずっと決まったキャラクターでいて、嫌なところ、苦しいところなんて全く見せなくて、バカだな、お気楽だな、何も悩みが無いようだと、言われるために演技しているかのようで。きっと彼はそれに対してそうだなと言って笑ってくれる、そんな安心感があるんです。
この作品の男性は皆弱い人が多いと思う。自分の事だけで精一杯で、逃げようとするのを女性に引き留められるそんな人たちばかり。けれど、北崎はどんな時でも笑える人でした。彼は結構精悍な声をしていて、ふざけなければかっこいいし、誰かに何かを残す強さがあった。世界は希望に満ちている、それが偽りでも、大人は子供にそう言わなくてはいけない。子どもが笑って暮らせるように、自分は幸せになれると信じられるように。そう言う彼は刑事でありながら人の親だった、だから、尾瀬にも相対す事が出来た。
彼が言う事はきれいごとで現実では簡単に壊されてしまう。北崎自身が凶弾に倒れたように。
けれど、最後に銃を向けられて彼は笑ったんです。まるで狂ったようだとも思いました。けれど、そうじゃない、彼は最後まで戦っていた、悪意と。笑っていたのは、彼の信念で、プライドだったと思う、世界は光に満ちていて、正義は絶対に勝つ。自分は人の悪意に屈しない、負けていない、最後まで胸を張って生きたと。
南原は北崎ほどは外面を演じられないけれど、その分、真っすぐで、本当に正義は勝つと信じていて、正義のヒーローになりたくて、そんな彼を北崎は眩しく見ていたと思います。彼がいるからこそ、北崎はもしかしたら最後まで笑っていられたのかもしれません。
正義を貫くのも、正義を語るのも、1人ではつらくて、そして、どこまでも滑稽です。それを彼らがわかっているのかはわかりません。北崎はもしかしたらわかっていたのかもしれませんが、南原も無意識にわかっていたと思う。2人合わせてと言っていた彼だから。そんな彼が正義を語ってくれて良かったと思うんです。そして、その思いはまた勇司に引き継がれていく、少年のようだった彼も、次の世代へと引き継ぐ事の意味を、北崎の笑った意味も、やっと理解出来たんじゃないかと思います。

勇司は共感とは違うところにいました。
彼に思ったのは彼が見せたい自分に見せられていないという事と、涼成と同じく平凡である事、そして、平凡で普通でいてくれて良かった、という事です。
なんだかチャラい雰囲気をしているのに、素朴な感じが抜け切れておらず、穂乃香に子どもが出来た時も関係ない、自分の子どもだって保証はないとくずのようなことを言い散らす。ここではくずに見せたかったわけではないと思いますが、彼が何かに対して虚勢を張っているのは感じていました。その答えは私個人で見つける事は出来ず、彼が父親がわからないことから、自分が父親になる事を恐れたためという流久里さんのブログの解を見て、わかったわけですが。
その恐れも、彼なりの等身大に穂乃香をかわいいと思って、大切にしたいと思ったことも、平凡で普通でそのままの彼でした。
書いてしまうと、何だかつまらない人間かのようですが、北崎の生き方と死を見ると、勇司がそのままに成長した事、ひねくれる事も無く、素朴なままの彼でいられた事は、北崎の望んだ、嘘でも世界には光が溢れていると子供に伝えなくてはいけない、その思いの結果のように思えて嬉しいのです。
結婚しようかと言いながらやっぱり無しと言ってしまう彼は、へたれだと思いますが、言い切ってしまえないところが、どうしても恐れとそして、照れとが入ってしまうのは、彼の誠実でもあると感じます。
何でしょう、彼には拒否感がなくて良い奴だとは思うのですが、適切な言葉が見つかりません。ただただ、彼が彼であることが、ああ、良かったなって、その思いだけが強くて、うまく表現できない。

圭と愛美も一対だったと思います。
それぞれがそれぞれで立っていられるところは、やはり穂乃香と勇司とは違って、大人であると思いますが、でも、それぞれがいなくても生きられても、互いから離れた人生は生きづらい。そんな2人。
愛美が穂乃香と春馬と同じハイテンションで現れた際にはただの気のいい、世話好きのおばさん。そういう印象でした。だけど、「贖罪」の登場人物が昔の彼氏だと言った際に、彼女は女性になる。
彼女は女で、血が繋がっていなくても母だった。母である時は、強くて暖かくて、幸せになって欲しいという言葉はどこまでも本心だと思えて、幸せになって欲しい、幸せになってもらうんだという彼女には決して勝てないなと思いました。何に勝つのかわかりませんが。
けれど、女である時の彼女は、弱くて、確かに圭に依存しているという訳では無いけれど、言葉で語られないところで、彼が心の頼りで、互いに傷をなめ合っているようにすら思えるんです。彼らの間にあるのは、恋ではなく、家族に近い愛情。
穂乃香が妊娠しているとわかった時の彼女の反応にはかすかに違和感を覚えていました。驚きに近いけれど、悲鳴のようで、けれど、非難だとか怒っているだとかそんなんじゃないんです。普通親代わりならその年齢で、学生で、妊娠なんてという感情が先に来る気がする。けれど、あの叫びの時、彼女は親というよりは女に近いような、なんだか不思議な驚き方だと思ったんです。
圭は話しているようで、その実、その内容は説明か、栗栖をいさめるような内容ばかりで、自分の事には口を閉ざす人でした。けれど、いつも愛美には何か言いたげで、迷いばかりを表情で語る人。ただ、とても優しい人なんだろうなというのは、力をふるう栗栖を止め、愛美や穂乃香をかばい、春馬や涼成を気遣う姿からわかります。彼はいつもいつだって誰かを気にかけて動く人でした。誰かのためならば、迷いなく動けるのに、自分の事となると途端に臆病になります。泣いてないけれど、声はいつも泣いている。別れる時だって、別れる理由を言いたくて言えなくて、嫌いだから別れて欲しいというのだって、遠く離れて最後の別れ際に、声は弱々しくて、明らかに本心ではないとわかるように、嫌いになったから別れて欲しいと言うんです。
愛美と圭はいつもどこでも保護者の役割でした。その役割を進んで担う優しさと強さがあったけれど、互いの前ではどこまでも弱くて、互いの傷を見つめながら、触れる前に手を下すような、けれど、いつも手を握って離れないようにしているような、危うくて繊細な関係のように見えるんです。だから、誰よりも最後に彼らが共にいられるのは良かったと思います。

日菜子は、クラスのマドンナのような存在。そういう印象でした。
ただ、彼女に対しては本当に最初から不審があって、まず、あの最初の全員の出て来るシーンでなぜか彼女は笑顔で誰かに手を振っている。観劇時点ではあのシーンが何を表しているのかはわかりませんでしたが、ただ、全員が何かのテーマに合わせているで、他の人は苦しんでいるのに、彼女は笑顔だという時点で何かがおかしいと感じました。そして、クリスマスで涼成に告白されてから去る際に、春馬と穂乃香をずっと見ている。それ自体は、もしかしたら、涼成の兄妹がいる事に気づいて、それでずっと見ていたのかなと思っていました。けれど、ただ優しくて可愛い同じ学校の女子ではない、それなのに、彼女はずっとそんな女の子でいる。最初は確かに恐がっていましたが、その内、何が目的なのかと怯えるそぶりもなく、問い詰める。気が強いのか、でも、それだけで片づけられるのか。
そんな風に思っていたのに、銃を奪うまで何も気づかなかったのです。尾瀬の子どもが2人いて、娘と春馬であると言っていたのに。
本性が現れてからの彼女は魔性を隠す事はありませんでした。彼女自身も自分の性質を誰よりもわかっていたと思います。把握していないと隠す事は出来ないから。
魔性を知っていて、それでいて、そんな自分が嫌いだった、と思う。クリスマスの夜に彼女は春馬を追いつめます。家族ごっこ、楽しいふりをしている、けれど、見下しているのだと。彼女はたぶん春馬を自分の同類にしたかった。お前もきれいじゃない、暖かい家族の一員になんてなれない、そうして、同類にして、彼女は安心したかったのかもしれません。自分だけがこんなにもねじ曲がっているのではないと。けれど、春馬は違った。彼女の言葉を受け入れながらも、彼女を妹として、普通に生きろと案じた。彼女はきっとそんな優しさなんていらなかった、同じでいて欲しかった。春馬が日菜子を思いやる事が出来たのは、涼成や穂乃香という家族がいたからだという事は明白で、その時の彼女はどうしようもなく孤独だったと思う。
そんなきれいな兄にコンプレックスを持つという意味では、最後の挨拶の際に美影役の小林さんと日菜子役の真白さんが一緒に出てきたのはあながち変な組み合わせではないのかなと思いました。
彼女の視線には棘があった、そして、意志があった。それは悪意という意志だったけれど、その強さが、何もない涼成には光だったのかもしれません。
そして、日菜子も自分の美貌と演じた優しさではなく、自分のままの視線を受け止めて、そこに好意を持ってくれた涼成が最後には光になったんだと思います。

尾瀬は、悲しい人だと思います。
プロメテウスの解放プログラムが発動してから、彼はずっと典型的な悪役でした。世界に絶望して、希望を無くして、世界がなくなる事を望んだ。
愛する女性が正しい行いをして殺された、それを糾弾しようと思っても何も変わらない、無力。そんな憎んだ世界の何もかもを消し去りたい、それを行えるのは、全てを始めた自分だけ。本当は、自分の味方になれる人たちはいたはずだった。長谷部夫妻だって、全てを明らかにしようとしていた、その思いは尾瀬の側にいたはずだった、けれど、彼自身の行動がどんどん彼を孤独にしていく。
世界は汚い。けれど、自分とて汚い世界の一部でしかない。憎しみに走る自分を自分でももう止められない。それは愛する人を失った男の気持ちだったでしょうが、同時に彼は父親で、その父親の心が、子どもたちを汚い世界から遠ざけようとした。
言葉にしてしまえば、軽いけれど、きっと彼は子供たちに自分を止めて欲しかったと思う。子どもたちの生きる世界を消そうとする自分を。だから、春馬を殺さなかったし、会社にも入れた。選択すればするほど袋小路に陥って、光すら見えなくて、そんな人生に疲れてしまったのではないか。彼には言う程憎しみを感じないんです。どちらかと言えば、悲しみで、そして、彼の行動はどこまでも、ただ疲れて終わりが欲しいと言っているように見える。
だからですかね、彼の事は嫌いになれないんです。敵、という風にも思えない。
父親になりたくてなれなかった人。そんな人が日菜子の、お父さんという叫びを聞いてどう思ったのだろう。でも、きっと彼が父親という理性でなんとか危ういながらも綱渡りをしていたから、世界は終わらなかったと思います。

結局、人物ごとの感想になってしまいましたね(苦笑)

なぜ、あんなにも泣きたかったのに泣けずにいたのか。
これだけ書いて未だによくわかっていません。
ただ、私にとってこの作品はただのエンターテイメントはなかったんです。
観終わった時、私の心を占めたのは、後悔……だったと思います。
なぜ、私は私を真剣に生きる事が出来なかったのか。
なぜ、多くの事から逃げてしまったのか。
惨めでした。
だけど、それは自分が選択した事でしかなく、誰を責める事も出来ない。
覚悟できない弱い自分のせい。

だから、感傷的に泣くなんてただの道化だと思ってしまったのかもしれません。
戻らない過去に涙して悲劇のヒーローかヒロインをきどるなんて馬鹿にしか思えない。
先に書きました。
役にまっすぐベクトルを向ける、それがとても恐いと。
私には出来ないから。自分の人生にすらまっすぐに向き合えないのに。自分以外の誰かの人生に向き合うなんて無理だ。

劣等感と罪悪感と後悔と、あとは何でしょう。
ただ、私は許されたかった。
観終わった瞬間はたぶん流久里さんに。
でも、本当は誰でもいいから何でもいいから、自分を肯定して許して欲しかった。
お前の意気地なしの人生にも何かしらの意味はあったと。

そんな時に歌詞を見たんだと思います。あの歌の歌詞。

その歌詞で全てを救われたなんて思っていません。
それでも、私はやっとその時に泣く事が出来たんです。
後悔のためではなく、感謝をして。

私はあまり感情豊かな方ではありません。興味のない事、関心のない事は山のようにあって、正直、他人の人生にもあまり興味はない。興味が無いのと同時に他人の人生に触れたくもない、自分には何も出来ないから。その無力感に打ちひしがれるのが嫌だから。

ブログに書いたのも、自分のためです。
何かの形で吐き出さないと耐えられないと思ったから。誰の為でもない。

けれど、この文章は少しだけ誰かの力になれば良いと思って書きました。
感謝しているから。
こんな臆病で鈍い心を動かしてくれてありがとうございます。
一言だけでも、欠片だけでも、それが届けば良いなと思います。
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希望

時間があいてから書く事に何か意味はあるのか。
思いが薄れてしまった今、書く意味があるのか。
そんな風にずっと考えながらまた書いています。
もし、許されるなら希望チーム全体に感じた事だけでも、簡単に書けたらなと思っているんです。

希望チームは自分の求めるものに手を伸ばす。そんな人が多かったなと思います。
同じ登場人物なので、変な表現にはなってしまうのですが、
光チームはどこか本当に光を見つめて、けれど、その光が眩しすぎて動けない、その光に触れてしまえば、穢れるか壊れるかするのではないかとでも思っているような、弱くて繊細な人たちが多かったのですが、希望チームは、光や希望に手を伸ばして、それを自身の手の中で守ろうとする人が多かったように思います。
光チームには共感を覚えていたのですが、希望チームに対しては、羨ましい、という思いがあった気がします。私自身とは異質な何か……

全体のその雰囲気を一番体現していたのは、春馬のような気がします。
彼は良くも悪くもというのか、一貫して優しい良いお兄ちゃんだったと思うんです。涼成や穂乃香に誤解を受けていましたが。
家族ごっこと呼ばれていた時だって、妹と同じテンションで遊んであげる兄でしたし、弟によりそって優しい言葉をかける兄でした。お前たちが成人になるまでとか、俺のことはぽいっと言ってしまうところが。
優しい、と連呼すると嘘くさくなるのですが、他の上手い言い換えが思いつきません。けれど、守ろうとしていたと感じるのです。それは、本当の妹である日菜子に対しても。プロメテウスの解放プログラムが発動された時、日菜子を引っ張って行ったのは彼女の思いを察して、無理にでも逃がそうとしていたからではないかとも思いますし、尾瀬が銃を取って周りに向けていた時も彼は常に背後の日菜子を庇っていた。
最後に尾瀬に向けた憎しみも、栗栖と美影を思うが故。それまでは、こんな事になっても父としてもしかしたら親愛も残っていたかもしれないですが、彼らを殺した尾瀬への悲しみと怒りが勝ってしまったが故とも感じます。
彼はいつも誰かを思い、守ろうとしていた、そんな風に感じます。優しくいる事は本当に強い人にしかできない。穂乃香に泣かれても、涼成に罵られても彼は守るという目的にいつでも忠実だった。
そういう意味では圭も近いのかもしれません。すみません、光チームの圭と比べてしまうのですが、光チームは繊細で脆くて弱くて優しい圭だったので、怒りと、正義感……と言うと語弊があるかもしれないですが、使命感というか、そういうものが希望チームの圭は全面に出ていた、愛する者を守る、そういう人に感じます。
かと言って相手役の愛美が守られるだけの弱い人ではなくて、品のある女性、少しセクハラがある(笑)そんな人でしたが、春馬達に占拠されている間、穂乃香を守り続けていましたし、暴力をふるおうとする栗栖に対して、こんな状況でもやめなさいと言えてしまう、彼女の長谷部春馬は私たちの家族です、という言葉の力強さ。愛美は春馬に血のつながりが無い事はわかっているはず……それでもあれだけはっきりと家族だと言える女性。そして、別れようと遠ざけようとする圭を叩くような気の強い女性でもありました。
そういう手が出てしまうところは、愛美に似てしまったのかなと勇司に対しての扱いを見て思ってしまうのは穂乃香です。穂乃香は全体的には守られている女の子でしたが、涼成が春馬にひどい事を言った時のいさめる鋭さは、女性である分、精神面は部分的には穂乃香の方が涼成よりも成熟しているのかもしれません。なんとなく希望チームの穂乃香は、兄弟の事柄よりも、プロメテウスが人を餌にするという部分に過剰反応をしていたように思います。それは、自分の中に命があるからなのか、それとも、彼女自身の生を慈しむ優しさ故なのか。何だかんだ血が繋がってなくてもそういうところは春馬と同じ兄妹なのかなとも思います。
守られる弱い存在と言えば、勇司は情けない反応をする事が多かったです。銃という暴力からも、子どもを身ごもった穂乃香からも後ずさって距離をとって、向き合おうとせずに逃げ回る。だけど、自分から逃げた穂乃香に対して、彼女がつわりで苦しむ時によたよたと駆けよる姿に彼の性質を感じます。嫌な事から逃げて目を背けてしまうけれど、放っておけない良心の人。そういう人だから穂乃香も好きになったのかもしれないと思います。
実は、栗栖と美影と日菜子は幼さが感じられるところが似ていると思います。捨てられたと思っているという点では確かに似ているのかもしれなくて、愛に飢えているところも似ているのかもしれない。
栗栖は黄色への忌避感はもちろんフェンネルへの憎悪の反映なのですが、それだけではなくて、母親の好きだった向日葵、母親を求める心、それ故に傷ついた心、それが黄色への反応に透けて見えるようで。だから、母親になる穂乃香に黄色はやめておけと言うのか。穂乃香へのなんで泣くんだよ、が、彼自身も泣きそうで、連鎖して泣く子どものようにすら見えるんです。悲しむ母に何もできずに、愛する人のために何もできない自分の苦しみを泣く事でしか発露出来ない子どものようでもあると。
美影は、ただの女の子ではなく、妹という要素がとても強いように感じました。死んだ双子の兄のあきらは、同い年だけれども、それでも精神的には美影は妹で守られる側、あきらは兄で守る側だった。だからこそ、美影は必死にあきらに助けを求めて、あきらは美影の代わりにプロメテウスの餌になった。それはきっと必然だった。けれど、美影はその必然を憎んだろうなと、守られる事が当然だった弱い自分を消し去りたいと思っただろうなと。そして、可能性を信じるのは彼女の隠して隠し切れない幼さだと思う。隠していた覆いを取ってくれたのが春馬だから、それが春馬への信頼と希望になったのかもしれません。だから、未だに彼女の告白は女性よりも少女の親愛に近く感じるんです。
日菜子は、見た目は優等生で、そう、白百合と表現するのが近いような女の子でした。違和感はあったものの、銃を持った栗栖たちに冷静に問いかけ、なぜこんなことをするのか詰め寄るのは毅然としていて、怯える勇司や動揺する涼成からすれば、幼さとはかけ離れたような女の子でした。けれど、それは演技か、もしくは、どこか自分の命すら投げやりな、それよりも強い父親への怒り。
けれど、クリスマスのあの日に春馬と話した彼女は、無邪気な悪意を春馬と家族をしている涼成に向けながら、一方で幼い嫉妬を向けている気がしたんです。家族ごっこ、それに対しての苛立ちは生理的な拒否感ではなく、ただ、独りぼっちな彼女が持つ嫉妬だった、と思う。
彼女は成熟した女性を演じる事は出来たけれど、その実、中身は捨てられるように養子に出された少女の頃のままなんだと思う。だから、数年経っても春馬を本当に兄のように慕う行動がとれる。
北崎と南原のコンビは異性という点で、コンビとはまた違った雰囲気にも感じていました。言うなれば、親子。北崎は南原の事を息子に似ていると言っていましたが、夢を語り、少し頭が弱い(ひどい)ような部分はあるけれど、大らかで、世の中には希望がまだあると信じきっているような彼女を、そのまま守りたい、それは同時に今では傍にいられない息子を守る事に繋がると思っているような、そんな親の部分が強いのが希望チームの北崎だったと思います。
南原が北崎を慕う理由が通り魔から助けてくれたというのは女性である方がしっくり来る理由ですね。だから、南原が刑事になりたいと言ったのも、この頃はまだ守られた女の子の憧れが強かった印象です。コミカルでオーバーリアクションで少女のような人でした。だから、成長という点では彼女が一番この4年で変化した人だったんでしょうね。悩み苦しんだ人は多くいるけれど、前に進んで頑張ったのは彼女が一番だったと思う。
北崎に引っ張られて、という訳では無いのですが、尾瀬も父親の面、家族の大黒柱で、家族を守る人という部分が強いように感じました。本来は家族を守る者でありたいのに、もうそれにはなれない人。愛美が春馬を家族だと力強く言った時の沈黙、なんで皆が歌の出だしを歌うのに、彼だけがサビの部分を歌ったのか。サビだからと言ってしまえばそれまでですが、その部分は、春馬と日菜子の彼ら家族の事だったから、なんて思うのは、考えすぎですかね。でも、そう思いたいと思わせる部分が彼にはあったように思います。

守る人がいれば、守られる人もいます。だけど、いつも誰かが庇護して、誰かが庇護される訳では無くて、守っていた側が守られる側にひっくり返る事なんてたくさんある。
光チームのお話は守る人たちのお話だったのかなと思います。
だから、私からは少し異質で、眩しい。
でも、なんだかんだそういう時に救ってくれるのは涼成なんだなとも思っていて。周りが強かったせいか、希望チームの彼は迷い悩んで、走り出すという最後の一押しが彼の最初の一歩のように感じていました。
最後の兄弟3人のシーンで、彼は穂乃香に手を差し伸べる兄であって、春馬に抱きしめられてその腕の中にちゃんといる弟でもあって、そんな彼は一欠けらの勇気と一欠けらの思いに価値がある、そんな誰かを救おうだなんて気を張るなと言ってくれているように、勝手な私は解釈して、勝手に救われるんです。

もう1ヶ月経った今にこれを書く意味があるのか、そう思って何度も手が止まりました。
細かい設定の部分は光チームの時に書いてしまいましたし。

個人的に、尾瀬が川に花を流すシーンが好きなんです。
流れる川に近づいて、一輪の花を落とす。

私は傍観者です。そんな風に自分を思っています。そんな立場が好きなときも嫌いな時もあります。プロメテウスの贖罪を観た後は嫌いでした。
上から目線でありながら、自分の人生すらまともに生きていられないだけだと。

この1ヶ月は何かあるとは、プロメテウスの贖罪について考える1ヶ月でした。
それは自分とは無関係だと(思いたくて)遠くから眺めていた連綿と続く人の流れや誰かの人生に近づいて覗きこむ行為に似ていたのかもしれません。

次に進もうとしている皆さんにもしこの文章が渡ってきたら、お許しください。
ありがとうございました。
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