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オヤジインデッドリースクール


布施勇弥 / 薫太 / 佐藤正宏 / 夢麻呂 / 白部由起夫 / 小野寺丈 / 小西優司 / 小沢和之 / 藤堂瞬 / 石田太一 / 白石裕規 / 新村享也 / 高見澤文彬 / 岩井翔 / 大島祐也

※感想が不親切、というかメモだから意味不明
※ネタばれ有り
※作品に抱いた違和感を考察する事が多いので、結果的に批判的な部分も有り

***
町にゾンビが溢れ、市役所の屋上で孤立した中年男性たち。公務員でありながら、町のお祭りで漫才を披露することを目標にしている総務課の優と信が中心となって皆を笑わせながら生き残る方法を模索していくが……

ゾンビが出て、途中からは世界の繰り返しのようなトンデモな設定が出て来るけれど、それはオヤジになった男たちが部分的にも夢を叶えて第二の将来を歩むことと、その第二の将来が別の世界でまた生きることをかけているんだろうな。それすらもこの世界で取り残された優には夢幻だけど(世界観に関しては複雑だから解釈は間違っているかもしれない)
ただ、この単一世界の中で言う第二の将来とそこに見える彼らの後悔とか問題というのが、こんなトンデモな世界の中で露わになる話なんだろうと思う。多くが市役所の職員で、不都合なことは全部形式的な笑顔の下に隠して生きていける。それがなければ、言い方が悪いけど、どうしてこんな似たようなオヤジをたくさん出す必要がある?と思う。途中まではそう思っていたよ←

紅島と高森と猪狩はわかりやすい。高森がたばこを吸ったことで間違って紅島が退学、2人と同じ高校の野球部だった猪狩は大会に出られなくなった。高森は個人的にはちょっとわかりやす過ぎたかなとも思うけど、高校の時のことも言えず、子どもたちを見殺しにして、自分が殺される状況からすら逃げる卑怯さが、良いんだという紅島の見た目に反して実は一番大人な部分と彼が自分を責めないように子どもたちが助かったという嘘をつく猪狩の優しさが際立つんだろうと思う。大人と書いたけど、紅島はそれが正しいかはさておきちゃんと自分の正義というと言い過ぎだけど、信念(それも言い過ぎ?)、義理みたいなものに則っている気がする。市役所の知り合いが殺された時に死人を倒そうとした。激高ゆえの行動かもしれないけど、助けられなかったことを苦々しく、悲しく語るところを見て、これが彼なんだと思う。ちょっとした時に顔を出して、ひょうきんな感じなのに、店を継ぐ予定だったから良いと許した、過去をちゃんと過去と割り切っているのがかっこいいなと思う(気になったから役者さんのTwitter見に行ったら既にフォローしていて、いつの間に……)

猪狩はぱっと見、それこそ真面目で、悪く言えば個性がない。でも、高森に嘘がばれた時の泣き方がこんなに弱くて優しい人だったんだなと。卑怯な高森を支えているようで、彼も彼で実は普段や高校時代は高森に支えられて、だから、彼が責められることから守りたかったのかもしれない。

界原と橙沼もそれぞれ登場人物が関係している後悔か傷という点ではわかりやすいのか。界原は映画仲間の手柄を自分だけのものにしたことを、相手が望んだこととは言え、後ろめたく思っている。自分がこんなに評価されていいわけない、もしかしたら、評価されるべき才能は相手だと思って、だから、自分の真価が問われるのがこわくて逃げ出した?でも、二度目の将来で、映画監督になりたい(それまでの他の人の言い方につられた?(笑))というのは本当で、だから、逆に言い訳に固執した。
橙沼は、ずるいよなあ、へらへら笑って、ぐだぐだな自己紹介の流れもすぐにくみ取って(こういうのをコミュニケーション能力が高いと言う)どうして市役所の広報課でビデオなんてまわしているのかと思ったら、記録に残らない兄、残してやれなかった兄の代わりに、皆を残そうと思ったって。最初に涙が出てきたのは彼のこの発言だったように思う。不意打ちすぎる。そんな殊勝なこと言うなんて思わないじゃないか。界原と言った消えた彼は橙沼の兄なんだろうか。兄のことを話していた時に界原がやたら気にしているから関係があるのかなと思ったけど(それとも自分の映画仲間と重ね合わせただけか)
そして、もし、同一人物なら、どうしてそこまで自分の記録を残すことを避けたのか。もしかして、この繰り返しの世界を知っている?何かの事情で残せないのか、それとも残したところで無意味だと思っていたのか。
死者が動き出す今の現実が界原の映画と同じ、忘れられた記憶が無意識に表出した?でも、界原は自分が撮ったんじゃないと言う。ということは例の映画仲間のアイデアが大きい、なら、やっぱりその彼は繰り返しの記憶が強いのかもしれない。
なんてことを想像する。

洲宮も言ってしまえば地味。でも、上司の宮原に相談ではなく愚痴を言えば良いんだって一言に救われて、救われた理由も、自分もうまく相談できない誰かを助けたいという思いもシンプルで、そのシンプルさがいっそ清々しくて良いなと思う。常に弱い者傷ついた者を助けようとして、きっと犠牲になった時もそうだったんだろうな。信念ある人みたいに熱いタイプではないけれど、一本芯を感じる。
たばこを吸ってみたのは宮原のまねなのかもしれないけど、どこかで、指にはさむ吸い方はフィクションだと聞いたような(本当はつまむように持つとか?)だとしたら、唯一それをした洲宮の役者さんが実は一番たばこ吸い慣れているとかだったりするのか(うろ覚えだけど)
上司の宮原は、密かにたばこを吸っているなんて規格外なんだろうけど(その話をした時に村崎が苦言を呈そうとしたのを青池が止めたのが彼の小さなことにとらわれない度量も感じられる)、紅島も語っていたように、全部を笑い飛ばしてしまうような、けれど、寄り添ってくれる大らかな懐の深い人なんだろうと思う。口を大きく開けて笑って、それがたぶん洲宮には眩しくて、ゾンビに首を食われた時に一瞬でその目から光が消える、なんてことを想像する。
なんだか語られる人たちがこれだけ厚みを持って感じられるのもあまりないかもしれない。

氷鏡さんは科学クラブの仲間を語る時の優しそうな顔が、本当にメンバーを大切に誇りに思っているんだろうなって。聞いていると普段から科学に従事した人たちではないんだろうけど、貴賤なくその人の知識能力を評価するところが学者っぽい(先生です)だから、それを指摘する橙沼の気持ちもわかるし、観察対象に影響を与えるなと忠告する氷鏡さんの言い分もわかる(なんで言っちゃったんだよ、橙沼、ばかー←)だから、科学クラブの人たちが犠牲になったことが、場面的にのんびりできないからちゃんと描けないし、むしろ、登場人物すら何人か犠牲になっている中で、一度としてちゃんと出て来ていないのに、彼らを讃えているセリフが同じくらい苦しい。この世界は繰り返し、もしくはいくつかある可能性の1つだと語る時の氷鏡さんが質問していても誰かの応答を必要としない自分の世界に入り込んでいるから、その時だけ賑やかな空気が変わる。彼の周りだけ色を変えて、じわじわと周りの明るさを浸食するようなそんな明確な異種の雰囲気。

黄市は信に続く優の理解者(ある意味彼にとっては恩人でもあるし)と恐がりで臆病という印象が最初に強かった。服装やゲロたんを抱える姿からもどうしても子どもっぽく見えていた。だから、市役所の屋上から逃げ出そうとした時もそういう性質によるものだと思っていた。それが実はちゃんと妻子がいて、彼女たちが心配だから帰らないといけない!というのが理由だったのが、臆病とか思ってごめん!と思いましたよね。それは一刻も早く行きたいよね。それがわかってからは、こういう役割が1人くらいいるからいるのかなというふわふわした彼の存在が地に足がついたように見えた。
家族が無事で嬉しくて、でも、死んだ人がいることが悲しくて、やっとありつけたパンは美味しくて、なんて言葉だけ並べるとしっちゃかめっちゃかだけど、人間ってそういう生き物だよなと思う。1つの感情だけで生きてはいけない。一方であの大きなパンをそのシーン中に完食するの大変だなあと思って見ていた。村崎にはおにぎり渡されるし(笑)


辻井は無駄に知識をひけらかして、自分を上位に置こうとする。でも、欲しいものを聞かれて「甘い」メロンパンと言うところや(氷鏡さんのミルクティーもかわいかった)、動物に興味があるところなんてかわいいギャップを持っていて、人間とうまく関われないから、本と動物が友達とかそういうタイプか?
動作も実は似たような動作をしているのかもしれない。拒否を示す腕組みみたいな感じで意思表示と動作が連携して、その意思表示もだいたい同じ。だから、簡単に優に真似されて、コントのネタにされてしまう(笑)
自然淘汰は逃げ回った強い者ではなく卑怯者が生き残ったこと、と暗に子どもたちを見殺しにした高森を非難して、最後に爆弾で自死した時に、自分みたいな卑怯者でも死ぬという言葉にショックを受けていたのは、少しずつ周りにも心を開いていたからなのか、言葉ほど誰かを切り捨てる覚悟がなかったからなのか。論と知識を鎧と武器にしただけの、中身はきっと子どもなんだ。

堂本はなんだか表面的だなと途中までは思っていたんだけど、まさかのツン(デレはあるのか?)のコンビに真っ先に志願するのがこの人だとは思わなかった。よくよく聞くとDTMで作曲もするから、この後の青池市長と村崎の歌手になりたいという夢にもかかってくるんだけど。
界原を取材しに来た時、彼の職業柄、普通に映画監督として取材に来たんだろうと思ったら、それをやめた理由だった。それもある意味ネタとしては面白いのかもしれない。でも、そういう理由じゃなくて、きっと気になったこと関心を持ったことを放っておけないんだろうと思う。界原の映画が素敵だと思ったことも、撮ることをやめたことも、辻井のコンビに名乗り出たことも、行動原理は同じな気がする。
なんだかんだ正論と倫理と行動が一致している。死者を殺した?紅島を擁護するのも、助けを期待できないからリスクをとっても脱出するんだと説くのも。本当はそんなに簡単なことではないのに、瞬発力かな。自分が正しい、知りたいと思ったことへの。

青池はなんだろう、市長としての覚悟責任もあって、きれいなイメージを保つために発言が映像に残ることに慎重な面もあったけど、結構初期からところどころ天然なところもあれば意図的に受け入れる度量もあって、理想の市長か?
優に祭での漫才が許可できない、その理由がコンビ名がないと申請できないから、というのが、ちゃめっけを出したのか、ただの申請のルールを言ったのかと思うけど、その中間なんだろうな、その堅いと柔らかいのバランスが好きだなと思う。なぜかアナウンスのお互いを信頼し、って部分が耳に残る。こんな時に信頼しろという言葉が出るか、助け合いならわかる。でも、実際に信頼が必要だ、人が人でなくなるこの状況下では。それをストレートに理解して言葉にできる、ありのまま受け取れる人なのかもしれない。語るシーンも多いのに、なぜか気になるのは一言だったりする。屋上にけがをした状態に現れた時に、かまれた人がしばらく「意識があるのか」という問いは自分がどうなるのかも、そうなった時の処遇もすでに考えている覚悟が見える気がする。
最後には歌手になる夢を部分的に叶えて(良いバリトン?ボイスだった)

村崎は肖像権をーとかモップ振り回して入って来るところとか真面目が空回りして笑いをとるキャラに見えるけど、冗談抜きでいざという時の市長を殺す発言とか、同じ覚悟ができる人で。それが30年の重みなのか。30年を一緒に生きて一緒に死ぬ覚悟。でも、その意志を引き継ぐ覚悟まではなかったはず、きれいな青池市長を作るために汚い村崎秘書という存在がいる。青池市長と同じような指導者にはなれない。なれるのは指導者になれと指示された秘書だけ。青池が飛び込んだ焼却炉を閉めたあとの泣き声が悲痛。
バズるを理解して感動?して泣いているのが、Twitter活用する夢麻呂さんご自身が出てきたのかと思ったり。SNS用語がわかるなんて意外に現代人。

柏村は謎なまま現れて、謎なままに去って行くけれど、微笑む子猫と呼ばれていたと決めセリフかのようにポーズきめてきた時は、もしかして一番濃いキャラの人が来たのか?と思った(笑)
繰り返しの記憶がある人、その理に反することができない、もしくはタブーだと知っているからこそ、世界の真実に迫ろうとする氷鏡を止めようとする。二度目の将来、蕎麦屋になる日なんて来ない。それがわかっていて、高らかに脱サラとかでよくある(サラリーマンじゃないけど)蕎麦屋になる二度目の将来を宣言する。二度目の将来を生きろと言う。その夢は柏村の希望で、全員の希望なのかもしれない。

信はいつも優につっこみを入れるってそのまんまだけど。優がぼろぼろになった彼を前に、皆が屋上から出ていく時に、信がもういいよって言ったらちゃんと終わると言った時に、そうか、信は彼のストッパーだったのかと。信がちゃんと方向を修正してくれるから、あんなに突っ走れただけで、本当は彼1人では自分の道を決められない。信が正しい道に誘導してくれる、結局信に道を決めさせていた。それは最後に祭への乱入で怒られた後のシーンで明言している。ゾンビとしての食欲に負けそうになって1人消えて行こうとした時、優は食べても良いという。だって、信がいなければどうせ1人では生きていけない。だけど、信はあんなにキレよく入れていたつっこみもままならない中で、一言、もういいよと。全部を終わらせて、優を自由にして、突き放して、優の命を助ける言葉。残酷で優しい言葉。虚ろでぼそぼそとつぶやくだけの言葉だったのに、どうしてこんなに暖かいんだろうと思う。

優は最初のシーンがなくても極端なテンションが絶対明るい訳では無い、コミュ障だなと思った。だけど、なぜこんなどうしようもない状況で漫才を続けられるのか、笑わせ続けられるのか、突っ走っていけるのか。それは既に書いた信への信頼、依存によるものだろうし、そして、自分が笑いに救われたから。信との最初のシーン本気なのかふざけているのかわからない中で、なんとなく前者だろうなとは思っていたけど、青池市長に信に命を救われたと言った時の、それまで賑やかなシーンばかりだったのに、特に優はずっと騒いでばかりだったのに、いきなり時間が硬質化したような圧縮度というか密度というか、嘘だろ……と。わずか1秒前までそんなんじゃなかったじゃないか。
それぞれの人が自身の抱える問題傷を吐露する中で、優だけはどうして死のうとしたのかを最後まで言わなかった。最後に何か大きな事情を言うのかなと思いつつ、なんか劇的な事情を言われるのも嫌だなと思っていた。死にたいと思うことに、大きな理由は必要なのか。生きている事に理由が必要ないようにいつかやってくる死にだってそんな大層な理由が必要か。こんな時に不謹慎かもしれないけれど、生きる意味、価値がないと思ったら、生命活動の維持がそこまで困難ではない現代日本では簡単に死にたいと思ってしまう。無様に逃げ回るよりもよほどクズかもしれない。でも、優にはそのクズでいて欲しかった。死に尊大な理由なんてつけてほしくなかった。ただの生きづらさを死ぬ理由にして欲しかった。強いて言わないのであればそういうことで良いのか。夢も最初から諦めて結婚も子どももいないただの普通のオヤジになっていく自分に失望したのか。傍から見ればただそれだけの理由で死にたかった、であって欲しいと思う私も大概のクズだなあ。
信が辻井に建物?町?の案内をしているのに、脇から優がどうでも良い説明を重ねるのが地味に好きだったんですが、台本にないってことはアドリブ?

クラゲの視野。傘の周りに目があるから、クラゲには前後ろなんてない。前に目がついている人間とは違って。人間は前を未来ととらえる、目がついて、見える先のことを。では、クラゲの未来はどこか前か後ろか右か左か。私たちが未来と呼んでいるものは彼らの未来の全てではなく、もしかしたら、過去や今と呼ぶものすら、もっと違う次元のものすら、未来と呼ぶのかもしれない。
それは人生何歳からでも始められるといったよくある話ではなくて、どこかに見つかる未来は希望と同時に、誰とも重ならない孤独でもあるのかもしれない。でも、それを選択する時はきっと他者という自分とは違う不確定な存在が介在する気がする。

久しぶりに登場人物ごとに書いたメモだったなー

Twitterにも書いたけど、イベントの代わりに強制握手お見送りがあり、いつも観た舞台の役者さんとは話すことはほぼないんだけど(直後に感想言えないから聞かれたくない←)握手だけしていくなら、コミュ障の自分でもできたので新鮮だったな。
夢のない話をすると、次までの時間がない中でサクッとお客さんを出すのに良い方法だな!賢い!と思ってしまった自分(いや、イベントの代わりが理由だとは思うですけどね)
しかし、これだとアンケート書けないな。
あと、始まる前にいつまでも帽子をとらない人に声をかけた方が良いと思うな。最後はとってたから結果良かったけど。フラットな席で、高さのある帽子だったから、私が後ろの席ならキレる(心に余裕のない客め)と思って冷や冷やしてしまった。
たばこの演出があるとどこかに注意書きあったっけ?(私はたばこの煙はそこまで気にしないからあまりちゃんと読まないけど……)薬用たばこだとは思うが、人によっては煙にかなり過敏に反応するらしいのでアナウンスあった方が良かったのかな?(場所によってはマスク配ってるくらいだったし)
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Author:幸橋
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ボイスドラマ・ドラマCD作品の感想メイン(時々舞台など)

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