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私信、ユートピアにて。

<脚本・演出>白井ラテ(青色有線)

<キャスト>盛山小春、藤田勇人、桐乃睦(劇団夢神楽)、律人(劇団ピンクメロンパン)、川島江里奈、水村拓未(ネクシード)、兎洞大、枝窪純子(白鳥歌舞喜)、中西俊貴、星乃はぐ、佐藤夏織里(ゆーりんプロ)、田口綾乃(劇団Full Match)、瀬藤美彩希(子狐企画)、川又茜

【注意】
※感想が不親切、というかメモだから意味不明
※ネタばれ有り
※作品に抱いた違和感を考察する事が多いので、結果的に批判的な部分も有り
私信は考えることが多すぎて、感情移入をする空きがなかったという感覚です。
もしくは極端に社会的に底辺で生きている人たちだから、感情移入するには想像力が乏しい自分の限界だったのかもしれません。
来信でも気になったのはオカマではなく、普通のサラリーマンの真島でしたし。

状況がわかりやすいという意味でも、芹那と萩野の話は一番感情移入しやすかったように思います。
彼らの登場シーンは一部の性癖の人にはおいしい感じがしますね。芹那も風俗系かSMかと言いたくなるけれどもたぶん一般人ですよね。ただ姉御肌であごで男を使う感じが様になっているというか、自然というか。
枝窪さんは前の役よりも今回の方が良かったかも。前は誰かに依存していたけど、今回は自分の足で立つ強さがあって、でも、その中でも、罪の意識に負けそうで負けそうで。最後に2人で支え合っていけば、ユートピアなんて行けなくてもここで生きているはずだ、光が射さない場所でも。そんな雰囲気になりかけておいて、萩野が光りを求めて、ユートピアを求めて宗教家の山内に縋りついた時に心が折れてしまった、強くて普通に弱い女性。
萩野が志穂をガチでやばい先輩に売るシーンはシーンとしては好きです。地味に芹那を呼び出せと言われているのに、彼女を助けようと咄嗟に嘘をつく感じも、高校生で素直になれない年頃だけれど、彼は彼なりに芹那が大切だった。
高校生から今に戻るまでの謝罪がどんどん重くなっていくところは年月の重みに感じます。
というので、彼らの話がわかりやすくはありました。

山内役の佐藤さんは、前も誰かを支える女性を演じていましたが、どこかうさん臭さがあり、どちらかというと今回の明らかに一物抱えているのが明らかな役の方がしっくり来ます。本当に萩野を助けようと手紙を拒否した並木にくってかかったのか、それとも自分の宗教家としての立場のためだったのか。
宗教はわかりやすいユートピアを見せますよね。不思議な力で、今ここではどうしようもない苦しみをどうにかしてくれる。連れて行ってくれる。その心につけこむ。

並木は本当に巻き込まれただけですが、彼女なりに今回のことに向き合おうとしている気がします。光になろうとした。
萩野の手紙を受け取らなかったのは、光になれなかったからなのか、それとも彼女なりの意志の表れだったのでしょうか。このままではいけないという。
後者かなとは思っているのですが。だから、萩野に選ばれず、自身1人の罪悪感に押しつぶされそうな芹那の手紙は受け取った。それ以外彼女の心を多少なりとも救える方法が並木にはなかったから。

難しいのが梓や寛藤、ユーリたち。
梓は自分が変わったかどうかを確かめたがる。
他の人たちはここではないどこかへ行きたがるのに、彼女だけは自分の不幸体質が変わったのか、あずきんがなくなったのか。
寛藤や今のユーリのような光のある場所に来たはずなのに、でも、誰もが彼女のことを変わらないという。
寛藤の言葉は、最初から梓は不幸を巻き散らしたりはしないという意味だったのか。それとも宍戸が言うように単純に変わっていないだけなのか。
でも、それを聞いた梓は寛藤に触れていたので、前者の意味だったんだろうなとは思います。
梓は風俗嬢プロデューサーの宍戸のところに最後は戻って来る。最初の喜劇のようなアイルビーバックのセリフ通りに。こんな光のあたらないところに。
ユーリが寛藤と行ってしまい、自分はここにいられないと思ったのか。それとも、寛藤を一番暗い底にいる人と言っていたように、自分たちが光りあふれるユートピアだと思っていたところは、必ずしもそうではないと気づいたからなのか。
彼女はころころ表情が変わって、ちょっとどんくさい感じのするのも、ユーリと買った服で女性らしくふるまうところもある楽しい人ですが、最後までよくわからない人でした。

寛藤はもともと光りにいる人だけど、暗いところへ行きたい人。でも、否応なく光にならざるを得ず、光を求める者が集まり、ユートピアに行けない者の憎悪の対象になる。彼自身もここではないどこか、ユートピアを求める人。
人のことを想像出来なくて配慮できなくて誰かを怒らせる人から遠ざかりたいのに人を集めてしまうところは、人を集めてしまう以外の部分は自分にも覚えがある。
親の言うようにどこかの社長令嬢と結婚しようとする彼ですが、腹心の飯島にラーメン屋に並ぶことに象徴された人間の同調行為を本当は求めているんじゃないのかと言われ否定しているところを見ると、ここではないどこかを求める心は捨ててない。
彼はユーリの予想に反してパラオに行く。
ユーリは彼の手を引っ張ってユートピアには連れて行くことはなかった。彼にとってのユートピアと彼女にとってのユートピアが違ったから。
でも、ユーリはそれでも空港に行って、彼を待っていた。彼に彼のユートピアを訊くために。そのユーリの行為が寛藤の最後のユートピアへ逃げる行為のチャンスを作ってくれたのかもしれない。

ユーリは格好がかわいくてかわいくて。服装を変えた梓とくっついてイチャイチャしている様子は目の保養。
寛藤を愛してはいない、必要なのは彼のお金だけ、自分を光のある場所にいさせてくれるお金だけ。そう言いながら、そのお金で贅沢をしても満たされない。
違和感があるのはライブ会場で気に入らない奴に文句を言う(殴るはあったっけ?)に始まる暴力的なまでに生命力に溢れた昔のユーリ。その攻撃的な力が外ではなく、内に向かう川島さんのイメージが払しょくできないから違和感。その暴力的な動物的な彼女から人間になった後だからかな。
ユーリに限らず悪ぶっている人たちが優等生が無理に悪ぶっているイメージがあって(桃萌の彼氏とか)それは私自身がそういう世界の人と無縁だからなのだろうか。

飯島と寛藤の気心しれた感じが好きです。セックスしない?と言った時の寛藤の反応もそうですが、噴き出し飲み物を飯島が素手でさらっと椅子からはたき落とす動作が地味に、ああ、そういうの気にしないんだなと。まるで家族のよう。母のようで、姉のようで。桐乃さんの演じるのは桐乃さんご自身の脚本のものがほとんどで、その場合、弱さを抱えて弱さを隠して誰か助けて誰か助けてと常に心の内で叫んでいるような人でしたが(それで言うと香也乃が近いかな)今回は本当に包容力のある女性で、安心感がある。こういう役もしっくり来るなあという気がします。

底辺の闇の中にいる存在が光を恐がっているのを一番知ってるのは、プロデューサーの宍戸だったなと思います。
光りを見ればそこに行きたくなる、でも、行けないユートピア。知らなければつらくないのにそんな光を中途半端に見せる幸島をたしなめる。心の内は見せずに社会の嫌な部分を見せてはからかって、でも、戻ってきた梓にはお帰りと迎えるような人で。

店長の幸島は、演じている水村さんが前に見た時は主役だったけど、あんまり重要どころには出てこず、というか、あんまり重要なこともせず、だから、どういう演技をする人なんだろうかとずっと思っていました。でも、その時に感じたような太陽属性の人だなという気はします。幸島も深海のような真っ暗なところにいる風俗嬢が寄って来るような光りを持つ人で。
彼に関してはいちいちかっこいいなと思わせるところがありますね。出ていった蜜柑が戻ってきた時も何も聞かず飯食ったかとか、いつもにこやかにしているのに桃萌が死んで捨てられた時には蜜柑に見せないようにきつく言ったり抱えていったり。
どこか光のあたるユートピアへ行かせようとしていて、その実、彼は誰かの帰って来るホームを作る存在になっているような気がします。

わかりやすいゴールにたどり着いたのは智と香也乃の夫婦ですね。
智は彼なりには悩んでいるんでしょうが、ふらふらしている中で再出発してしまうのがちゃっかりしているなと思います。
でも、彼の言うように香也乃がどこにも行けず戻って来てしまうのは、なんだかループを感じてしまって逆に恐い気はします。どこへ言ってもまた同じところに戻ってしまう。香也乃は後ろ姿が色っぽいなと思います。
彼女は見た目鮮烈なのにそれに反して印象が薄弱な気がします。どこかへ行きたいのどこかへがすごく曖昧。他の人はもっと具体的、もっとちゃんと生活できるところへもっと自由になるところへ・・・でも、彼女はただここに不満があるだけで、具体的な行きたい場所がない。だから、どこへ行ってもどこへも行けない。

デリヘル嬢の3人は桃萌が遺書を書けと言われているのにずっとへらへら笑っていて、たぶん、殺されることもどこかで気づいていて、だから、最後の恩返しのようなビールを置いて行った。先の事を考えずに来た。目の前の偽りでも愛をくれる人を見ていた。でも、ユートピアへ行くことを彼女は諦めていたんじゃないかな。どこへも行けないと一番知っているからここで死ぬことを選んだのではないか。死ぬを選ぶという主体的なものよりも、ここで生きられるまで生きて、生きられなくなったらそこが寿命のような諦念。柚子はちゃんと未来を見ていて、やっていることはあれですが、精神上は健全、蜜柑は何も言わない大人しい子かと思えば、言葉遣いが荒いのがギャップ。彼女はセリフが少ないというのもあるのですが、幸島とセットというか、彼をひきたてるのに使われている役という感じになっていたのが少し残念な気はしますが。柚子は彼女なりに1人で立っているから。

最後のユーカリ、見つけたという言葉は、今ではなく、未来、光を見つけるという希望を込めたシーンでしょうか。
光は見つかるよというメッセージだったのか。
でも、宍戸が言うように光を見せることは残酷だと思う。
その役に対しても、それを見る者に対しても。
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