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視聴note   来信、ユートピアより。

2018_02_11 .Sun
舞台  
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<脚本>平野朝美 <演出>白井ラテ(青色有線)

<キャスト>川島まゆか、大竹崇之、山田昌((劇)どうよう水産)、米川塁、中剛人、長谷川景、網切幸大(ニコラシカ)、越中優人((株)オフィス斬)、長澤水萌(演劇制作体V-NET)、羽田敬之(KAMAYAN)、井藤あやほ


【注意】
※感想が不親切、というかメモだから意味不明
※ネタばれ有り
※作品に抱いた違和感を考察する事が多いので、結果的に批判的な部分も有り


最初に印象に残ったセリフはママの人生が想像を超えて飛び越えてくる。その人生にぼこぼこにされるというものでした。
笑い話をしていはずなのに、そこだけママの顔が死んだようになる。

国男の言いたいことが実は一番よくわかる。
観客という役でいたい。彼のように他の役を見ていたいというものではない。どちらかというと自分の役を演じきることを諦めた真島が言うような意味合いが強い。国男は誰かが自分と言う役を演じているのを見ている存在がいることがその誰かを助けることがあるということを体現するように所々で手を貸している。でも、どちらかというと私は彼が彼の役に戻れるところを見たかった。彼が何から逃げて休んでいるのかわからないですが。それは今回とは違うまた別のお話しなんでしょうけれど、観客にまわった人間がまた役に戻れるのかを見てみたかったなとは思います。

真島が実は一番気になる役だったように思います。ショウが通り過ぎる人に空の色を訊いた時も、普通なら気味悪がるのが普通、レイがそんな風に通り過ぎていったように。でも、彼は立ち止まってきちんと答えた。ショウの色がわからない事情を知っているならまだしも、知らずに答えるのはそんなにいないと思う。その時から彼はただおちゃらけたサラリーマンではないなと思っていたけれど、アドリアナが告白しても彼なりに真剣に受け止めていましたし。感じ方はそこまで特殊ではなく、凡庸なんでしょうが、社会体ではなく、彼自身の判断が出来る人なんだろうなと思います。周りが気持ち悪がっても、アドリアナといることが楽しかったからいるというように。そういうところをアドリアナは好きになったのかなとは思います。
あとは関係ないですが、アドリアナが普通にドレスが似合っていたなあと。

ショウとアユミの美大生組はアユミはアコを呼ぶ声が可愛いなと。そして、化粧をする事の意味、辛いことを嫌な事を隠して生きていくということをわかりやすく表している子で、優しくて臆病な子だなと思います。ショウが世界の絶対量が一定ならこれまで苦労した自分たちが誰かの幸せを奪おうと言った時には頷かなかった。誰かを自分の代わりに不幸にするのが出来ない優しい子なのか、また、奪われることを怯える臆病な子なのか。おそらくどちらもだとは思いますが。
ショウは自分が無神経だと言ったけれど、無神経でなければ生きていけない。彼の目に対する心無い無神経な言葉には無神経で返すしかない。そうでなければ心が摩耗して耐えられない。それは彼の処世術だったのではないのか。
色さえ見えれば大好きな世界。でも、それは本当だろうか。色が無いから、色がある世界ユートピアを切に望んで、無いものだから追い求めて、その切望が彼を形成した。色があれば、色を求めて求めて誰よりも色に詳しい今の彼はたぶんいない。自分以外のものになれない。
夜の空の色を訊く彼にアユミが黒だと答えて、たぶん彼にはその色はわかって、たまには同じ景色を見ようという一言が良いなと思う。見ているものが全て違う訳じゃない。

ジャム子はわかりやすくはあります。希望を言えずにいたのが言えるようになる。
こういうキャラだという大きな型を作り、それを印象強くするのはうまいのだろうなとは思います。でも、どこまでもぶ厚い看板のようで、水しか染み込めないような小さな傷に入って来て、そこに傷があったのだと知らせてくれるようなそういう部分がないのは少し残念だなと思います。

アコ役の川島さんは、雰囲気がいつも同じだなと思います。ここは嫌だけど どこにも行けない。誰か助けて欲しい。この雰囲気に持ち込めれば勝ちのようなところがある。小学生を素で出来てしまうのは強いですが。これまでと全く違う面を見たかったというのは事実。
でも、ずっとどこか棘があるのにユキさんのにおいがするというのは、その棘がなくなった気がします。

ユキは男性染みているのになぜオカマをやっているのかよくわからないところが途中まではありましたが、死んだ妻の雪乃になろうとしていたんでしょうね。雪乃が好きだった服を着て、彼女のにおいをまとって、彼女のような女性になろうとして、それがアコに言ったような女性像だったんだろうと思います。でも、いつの間にか服には雪乃ではなく、ユキのにおいがついていた。彼以外のものにはなれない。
彼は雪乃の死がつらかったのではなくて、自分という存在が彼女を不幸にしたということがつらかったんじゃないかと思います。お人好しだけれど、どこまでも利己的な面が彼にはあるように思う。だから、彼の存在と彼との出会いをアコに感謝されたことが彼の心を救っている。ユキが雪乃の姿から自分の姿に戻った時も雪乃は笑っていましたし、彼という存在以外になれないんだからそこに戻ることが周りも求めていることだったように思います。
最初の誕生日会の帰りの生んでくれてありがとうがここにつながってくるのかな。
雪乃も彼との出会いで死ぬことを後悔し、憎み恨んでいた訳では無いというのは、彼へは謝罪を繰り返していたことでわかりますし。
雪乃は悪女で彼を捨てていったのかと最初思っていましたが、そうではないんですね。誕生日を終えたのにケンタッキーを買って来て誕生日を祝ったのも、ユキではなく、それは雪乃の誕生日祝いだった。

大竹さんのユキの演技は体当たりで視覚的にはぎょっとするところもあるのですが、大竹さんならそれくらいするだろうなと思ったので、それではなく、もっと精神性なところでなんだか少し不完全燃焼のような部分を感じていて何でだろうと……
苦しみ、弱さ、自分のことで精一杯なのに手を差し伸べるお人好し、でも、最後は自分の思いを優先する卑怯者……
色んな要素があって、そのバランスを上手いイメージだったのが、今回は苦しみの要素が強すぎたのかもしれません。

上から上から色をぬって塗りつぶして、先の色がなんだかわからなくなる油絵のような、ネオンのような光の夢に迷い込んだような。
見ているとさっき何があったっけ・・・と思うけれど、最後には形になっている。
いろんなものを隠して生きていて、その上で今が出来上がっている。どこか時間軸が曖昧な今という表面的な1枚の絵のような印象。
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